Lady Merry の日記

Yahooブログから引っ越してきました。

兆候

 
数日後、最初の兆候が現れた。

このアクセサリーショップに、
馴染みの客がやってきた。
父親は作業をストップして満面の笑顔で応対する。
ピエリは後ろの方で、控えめな愛想笑いを浮かべて頭を下げた。

 「いらっしゃいませ、アブリーさん、
 ご注文された奥様へのブレスレットは予定通り、月曜までに仕上がりますよ、
 自信をもってお勧めできる一品になりそうです。」
今回、既製品ではなく、このアブリーという男から、
オーダーメイドでの注文があったのだ。
製造の過程では、ピエリも熱心に従事していた。
こういうお客は、職人にとって自らの腕を高めることにもなる嬉しい客なのだ。

だが、いつも物腰低く礼儀正しいこのアブリーは、
今日はいつになく、真面目腐った顔で言葉数も少ないようだ。
勿論、父親はその違和感を感じ取る。
 「アブリー様、な、何か・・・?」
 「うむ、悪いがね、
 今回の注文はキャンセルさせてもらうよ。」
えっ、ここまで作りこんでるのに!?
 「はっ!? アブリー様、
 こ、これは奥様への誕生日プレゼントではなかったですか!?
 それとも私どもに何か!?」
だが、アブリーには取りつく島もない。
 「本当にすまない、こちらの都合だ。
 家内の事は君に心配してもらう必要はない。
 また、いつか頼むことがあるかもしれないから、その時はお願いするよ、
 それでは失礼する。」
後ろからピエリが血相変えて飛び出してきた。